2010年03月18日

独自性、多様性を認めよう!

[諸君はこれ迄受動的で来たが、社会へ出たら能動的に変わらねばならない!小柴昌俊]
 以前から、欧米の大学は学生が社会に出る準備をする所で卒業すると社会ですぐ役に立つが、日本はそうではないと言われてきました。出る問題に答えさえすればよかった学校と違って、職場は甘くない。何事も自ら直面してどうとらえて処理するか考え判断して答えを出し実行しないといけない。だが何しろ小学生からずっと教わって覚える寺子屋風の教育で受け身体質になっているから大変で困ってしまう。いずれ慣れるけれども外国とは差が残ります。是非(少年サッカー教育も含めて)幼少から自立自発を図り創造性を育てコミュニケーション(人間関係、意思伝達、他者尊重など)を教育するべきです。

[常に頭脳を働かせよう!]
 人は物事に疑問を持ちその問題を解決し目標を達成する為に智恵を絞って考え創意工夫する。目的、目標がないと創造性は働きません。従って上司や指導者が触れなかった事で不都合が起きたり潜在していそうな場合は、自分で先ず疑問を持ち問題点を見つけなければならない。そこで課題設定能力が必要になります。
 サッカーは試合中、指導者が一々指示できないので、例えば、うまくいかない時、選手に課題設定能力があると、指摘されなくても自分で気づいて創造力や技能次第で改良打開できる。だが無ければ気がつかない。あると無いでは大違いだからこの能力は大切です。
 要は常に頭脳を働かせることです。試合中、ただ何となくプレーしていると、急に思い立って何とかしようとしても頭脳が働かない。初めから頭脳を働かせていろんな場合やプレーを考えておかないと、臨機応変の対応は出来ないものなのです。
 でも何の関係もない時に突然ヒントや名案が浮かんだり、試合中、直感的にアイディアが閃いたり、思わず独創的プレーをしてしまう事もあるではないか!それはどうなのか?というと、やはり無意識に脳が働いているからそういう事が起きるわけで、普段から試合やプレーについて考え研究してないと試合中に閃きは起こらない、とペレは言っています。

[自分流に考えて追体験、再創造]
 知識があるのは良い事だが、実際に活用し応用できないと価値がない。司馬遼太郎作の「坂の上の雲」の中で名戦術家、マハンは、「知識を分解し編成し直して自分なりの原理原則を打ち立てよ!自分の立てたものだけが応用がきく」と言った。知っているだけでは役に立たない。研究し納得し消化して自分で考え出したくらいにしっかり自分のものになってないと実戦で活用応用できないと言うのです。
 画家が名画を模写するのは真似ではない。追体験して手法や秘密を探求し創造の糧にする為です。音楽で楽譜を見て演奏する場合は技術や個性の勝負と思われがちだが、20世紀最高の芸術家カザルスは、「譜面の忠実な再現だけではいけない。芸術は自己表現だ。楽譜は覚えたら忘れよ!そして自分自身の個性と情感によって再創造せよ!」と語りました。
 サッカー選手もたとえ指導者の指示どおりでもロボット的に行動してはいけません。指示をわきまえた上で、刻々変わる状況の中で自らの感覚、判断にもとずいて考え工夫してベストと思えるプレーをするのが正しい行動です。それが指示と違う事もあり得ます。

[正解は一つとは限らない!]
 日本の画一的教育と絶えず同調同質化に向かう社会の流れや国民性は独自性、多様性を嫌い創造性育成に対する障害になっています。質疑応答には次の3種類があって、各国それぞれ考え方、答え方に違いがあります。
 1.クローズド・クエスチョン(答えはイエスとノーだけ、○×問題)
 2.ニュートラル・クエスチョン(答えは一つしかない)
 3.オ−プン・クエスチョン(いろんな答えがある、正解は複数)
 日本は何事も必ず一つの答えや結論に行き着くとする収斂性理論の国で、画一的教育だから問題も全て正解が一つしかないニュートラルQです。従って複数の正解がある多様性理論やオープンQに関しては、教師も大学生はともかく高校生以下には教えにくい。
 最近いろんな試験で採点合否を判定し易い○×問題が増えて、幾つも正解があると特定の一つだけを正解と決めて採点するという。現実や真理と違うのだからひどいものです。

☆ 日本人は原理ではなく便利でやって来たので、国は繁栄したが中心は空虚だ。だから形式、力、シンボルに頼る。 李御寧

[学校で習うのは英語、私が知っているのはイングリッシュ!中津遼子]
 作家、曾野綾子によると、イングランドの英国人の学校で優秀だった女子が帰国して内地の高校で編入試験を受けたら、事もあろうに英語のテストに失敗して落ちてしまった。
 というのはテストは○×問題で彼女は生まれて初めてだった。しかもその英文が英国で暮らした彼女から見ると、良いとは言えないが間違いとも言えないとか、あまりそんな言い方はしないが、そう言えないこともない、といった正否を決めにくいものだったからです。
 ○×問題は落とす為に、まともに考えると迷うように作られているので、学力よりも要領よく捌く受験技術が要るのだが英国に○×はない。答えの正誤より問題を解くプロセスや考える事自体が大切だという、いかにも英国らしい教育を受けた彼女は、真面目に考えて悩んだあげくどうしても結論が出せなくて、正直に半分白紙で提出して落とされたのです。
 英語教育も初めは英国人のイングリッシュだったが、次第に国産の学校英語に変わり、特に受験問題は英国人でも正解できないのがあるそうです。サッカーはどうでしょう?

[選手の自由裁量、多様性を認めよう!]
 試合中、選手の意思で行動できる自由度は指導者次第でさまざまだが、上手くいけば指示に反しても大体黙認されているようです。
 日本海々戦の天才、秋山参謀は海軍大学で戦術を教えた時、「皆それぞれ自分の戦術を編み出せ!戦術は借り物ではいざという時応用が効かない」と言って、テストで学生の解答が自分のと違っていても悪い点はつけなかった。是非そうあるべきです。
 チームは一致団結が大切で選手が皆同じだと綺麗にまとまるが、やり方が相手にわかり易いので上手く防がれたり、困った時に誰も打開できないケースも起こり得ます。だから試合では個性的なアイディアやプレーも必要で、チームにいろんなタイプの選手がいる方がよいのです。同質、画一化が日本人好みだが、もっと選手の自由裁量に任せて多様性を認め、選手たちの個性や創造力、才能などを自在に発揮させ伸ばしてやって下さい。

☆ 同じ者の団結は足し算。違う者の団結は掛け算になり大きな力になる。西堀栄三郎
☆ 誰もが同じ動きでは日本人の得意な団体行動であって、チームプレーではない。ゲームの流れの中で予定していたのと異なる動きをするのがチームプレーだ。玉木正之
posted by HFC at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記